DoaDoa-Travel-Pakistan
Pakistan パキスタン




***モヘンジョダロへゆく***

もう、10年以上前ですが、パキスタンのカラチからラホールを通って、 陸路でインドヘ抜けたことがあります。
その途中で『モヘンジョダロ』に立ち寄りました。

 何しろ思い出もセピア色になってしまう古い話しですので、多少曖昧な部分や、記憶違い、すでに様子が変わっているなど、色々あることと思いますがご容赦下さい。
 さて、まだその頃は、ガイドブックも大ざっぱな物しかなかったので、どうせ役に立たないと、何も持っていかない上に、アラビア文字は全く読めないので、あらゆる所で絵のような文字は100%意味不明でした。
勿論、公共&高級な場所では、英語などの表示もありますが、私はあまりお目にかかりませんでした。でも、どうせ英語もあまり出来ないので、アラビアでもサンスクリットでもそれ程変わらない気もします。(・・・でもないですけど)
最寄り駅に着いた時間帯には、『モヘンジョダロ』への交通手段としては、日本のスズキ製の乗合バス、通称『スズキ』か『馬車』でした。
 駅長に、記念だらからと強く薦められ、お茶をご馳走になった義理で馬車に乗りましたが、途中の道で自転車に乗る少年達と競争したり、ゆったり景色を見れたりして、それなりに楽しかったです。 最後の支払い時にはやはり、おきまりでもめましたが、結局、最初の約束通りの金額で折り合いました(引いてはいけません)。
『モヘンジョダロ』でも色々楽しく見て回りました。
当時、エアコンやプール等の設備が在ったことは驚きでしたし、階段の幅などから、人々の身長を想像することが出来ます。かなりに小柄だったようです。
 遺跡から少し歩いて、インダス川の方まで行ってみると、周辺に住んでいる人たちの中には、電気を使っていない人たちもいて、5000年前のインダンス文明の頃とあまり変わらない様子を見ることもできます。
さて、そんな様子を勝手に案内してくれた男性に「帰りのバスはまだある」と、長〜い間引き留められて、「スズキ」に乗り遅れてしまいました。
馬車はとっくに消えてます。
駅までは結構距離があったので、帰れなくなってしまいました。 駅に荷物を預け『モヘンジョダロ』は日帰りにして、その日の夜行でラホールへと行くつもりでしたので寝袋がなく、夜はかなり冷えるので遺跡で寝るわけにもいかず、近くに1つだけ在るホテルは高級すぎてお金がもったいない・・・・で、その人は泊めてくれるということです。
友人と二人でしたし、高いホテル代よりはと、泊ることにしました。

 ■自転車の少年■   ■モヘンジョダロ■  ■モヘンジョダロ周辺■
 特に先を急ぐわけでもないし、寝床の心配も無くなりましたが、駅に預けて置いた荷物が心配でしたので、駅に電話をして欲しいと言ったところ、15〜20分くらい歩いて小空港まで行かなくてはならず、行っても1〜2時間繋がらなくて、大騒ぎ。
しかも結局、繋がったのかどうかよく分かりませんでした。どうしようもないので、あきらめましたけど。 そんなことをあれこれやっていて、夜も更けてしまいました。
でも、その小空港からの帰り道に見た星空はとても綺麗でした。東方にはタール砂漠という場所ですので、乾燥した空気は地平線まで沢山の星を見せてくれます。
翌朝、荷物が心配だったのと寒いので早起きして、少し離れたバス停に向かいます。
彼はバス停まで送ってくれて、「あれがバス停」と教えてくれて帰ろうとしますが、何度言われても、どこなのか分かりませんでした。ヤギとおじさんがいるだけです。
 後でバスが来て、それは『木』だと分かりました。日本の自由乗降区間に近い感じです。
近くにいたヤギおじさんは、何をしているのかと思ったら、バス停なのでやはりバスを待っていたようで、バスが来るとヤギと乗り込みました。
 バスはパキスタン名物のキラキラ飾り。
私は運転席の横の特別席に座るのが好きなのですが、沢山普通席が空いていたので、
「危ないから、そっちに行け」と言われてしまいました。
 まあ、確かに彼らの運転は荒いので、空いているときはチョット危ないかもしれません。
ヤギおじさんは途中の街でヤギと一緒に降りていきました。
 駅までの道が、来たときより遥かに遠い感じがしたのは、単にバスのルートで遠回りだったようですが、体感では20倍くらいでした。
途中でいったい何処に行くのだろうかと思いながら、チャイを飲みました。
 ■バス停■  ■バスに乗るヤギおじさん■ ■特別席■

 でも、しばらくすると本当に駅に着いたので、かえってビックリ。
 早速荷物の様子を見に行くと、6〜7人の兵士(警官?)が出迎えてくれました。
というか、単に彼らの休憩所に荷物があったのですが、、、、。
そっくりそのまま無事に手元に戻りました。
更に彼らは歓迎して、列車が来るまで2時間くらい、踊りなど踊ってくれました。
 色々良くない話しを沢山の人から聞いていましたが、もちろんそんなことばかりでもないです。
ただ後に、警官と宿の主人とでグルになって、有り金全部(日本円で70万円)だまし?取られた日本人男性に会ったりしましたので、用心に越したことはありません。
私は、パキスタンに入って直ぐに旅行者からその手口を聞いていたので、何事もありませんでしたが、実際、この日本人男性とまさに同じ手口で、罠をかけられました。
(それは別のお話(文章だけですが、長いので注意)で・・・。)


■踊る兵士■
さて、そして、列車が来て乗ろうとしたら
「え?ラホールに行くのか?じゃあ、別の駅だ」 と言うような話しになって、あれよあれよと言う間に、私たちは兵士の一人と乗合バスに乗っていました。
恐らく、長距離急行停車駅とかそんなところだったのでしょう。・・・たぶん。
 途中のチャイ屋で、「なんとしてでも買ってもらいたい」風のサトウキビ売りの少年を始めとして人だかりになったので、その兵士の人や、ついでに、かわいい少年などの写真を撮ると、サトウキビ少年は、画面に一生懸命入ろうとしていました。
かわいい少年の写真には「せめて手だけでも」と言うサトウキビ少年の意気込みが写っています。 ラホール行きの列車には無事乗ることが出来ました。
■兵士やサトウキビ少年■  ■かわいい少年と手■ 



*********お馴染みの街のようす*********
  ■派手派手バス■   ■街角歯医者(歯売り業)■
派手なバスはご存じの方も多いでしょう。可愛らしくて好きです。
歯医者?は他の国でも見かけます。
これで差し歯をした旅行者(日本人)の「なかなか良い」という話を聞いて
「俺もやってみようと思ってる。何しろ安い。」と言っている方に会いました。
根付きの本物の歯など、どのように利用するのか興味はあります。
彼らに、「おいで」と呼ばれれましたが、やめときました。
・・・街角歯医者を試されたことのある方は是非メール下さい・・・




■ラホールの路地■
パキスタンのみなさん、またお会いしましょう!